2021年11月13日土曜日

ひとくさり、自分を語る浅ましさよ

不公正がまかり通って、まぁ国民としてはSNSで抗議の声をあげるくらいのことしかできません、息苦しい。SNSでもネット上の署名でも、一つの単位に還元される、砂粒のようにしか存在できない。国会前や官邸前のデモは、色んな意見があると思うけど、自分はエネルギーをもらえたし、もらえるので行ってた、スポーツ観戦のナショナリズムにすっぽりとハマる人と同じようなものかな、今後もっと多様な戦い方を自分自身考えていかなければいけないと思うよ。

先日、久方ぶりに連絡した友人に冷や水を浴びせられ、このケースに関しては自分が過去その友人を傷つけたのだと思うのだけど、それでも心は寒々としている、Polyticsを乱雑に扱うことで大事を成し遂げられると勘違いしていたよ、涙。

11/3、山下哲史さんが呼んでくれた野外イベントでヤプーズ「赤い戦車」についてのトークとソロパフォーマンスをするつもりでリハーサルを重ねていたが、現場で全部捨てて、即興、しかも1歳9ヶ月の子供と共にパフォーマンスしたのだけど、それはそれで良かったと思うよ、「赤い戦車」名曲ですよね。いずれどこかで披露できたらと思う。

売る、とか、集客人数とかの、経済効果じゃないところで、動きたいし、そうする必要性も責任もある。その意味で立派な構えをする上演も展示も疑う節。疑うべし。もし自分にそういう仕事や機会が来たら、端金とか名声とかとは別の判断が必要なので少しでも鍛えて備えたい、と思うことであるよ。若いうちは、そんなこともわからなかった。

西洋中心的な視野が反省なく薄らいで、今度は拝金とポピュリズムが蔓延してる。「芸術」から色々剥ぎ取るプロセスはあった方が健全ですね、けど、いまの状況はちょっとしんどい。大局的な視点なんてわからないし、判る必要もないと思う、私は傷とケアということについて今後考えていきたい。

野心は未だ、沸沸と煮える、私は俗物です。ただ支点を換えていく可能性は模索する、それが自分にとって重要だから。便利な手段は取り外した方が良いと思いますよ、そっちの方がより深く考えなくてはいけなくなるから。