田崎さんは「雰囲気ある」人だし、話が通じやすい人なので、結構なにをやってもらっても「もって」しまうなぁと今更ながら思った。(だから《kq Duo》がよかったというのもあるんでしょうね)
田崎小春 (プロフ写真 加藤和也)
1991年生まれ、福岡県出身。劇団青年団に所属し俳優として活動するほか、絶滅種に影響を受けて立ち上げたユニットmelomysで、作・演出を務める。
主な出演は、青年団『日本文学盛衰史』『S高原から』『阿房列車』『銀河鉄道の夜』、melomys『Dreame time』『present』など。
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そも、なんでこんな新作を思いついたのか。整理と宣伝とを兼ねて、ここに記しておきたい。
<上演>(<>で括っているのは、立ち会う人さえいれば、劇場か、舞台が区切られているか、などは問題じゃないと思っているので)で得られる、「主体/客体」に関する「肌感覚」に着目しているのです。
たとえば、演者間ではよく「あの台詞の瞬間お客さんが引いたから〜」なんてことを、照明の関係で(客席側から当てるライトが結構あるから)客席が見えない劇場空間に於いてもバックヤードなどではありふれた会話ですが、その感覚は全ての人が持ち得るものじゃないとしても、技術と経験のある一部の人の特権になっている現状がもったいないと思っているからです。もったいないというか、哲学的な概念を言葉で精緻に構築しても届かない、「だって、わかるじゃん」がここに「ある」と考えています。
演劇に限らず、ダンスでも音楽でも、私が好きなアーティストの一部の人たちは、そうやってお客さんと自分の肌感覚を擦り合わせてパフォームしていッル感じがあって、そういうものに触れるたびに、やはり上演芸術固有のスキルというか、繊細な表現の在り方に感動してしまう。
「呼吸の譜面」《kq》の特長が、DIY(Do it yourself。パンクロックの言葉)的な文脈で、多くの人が上演できることだったとしたら、新作は、それをさまざまな人が体験できることで西欧哲学の基盤(「主体と客体は決して交わらない」的なやつ)がつくり直されるような大事業だと自負しているのです。
ところが!
西欧哲学に全く精通してないんだよね、私(爆)
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なんて話はおいておいて(猛勉強中だょ)なんつーか、その「肌感覚」を得られるための「指示書」を作ろうとしすぎると<上演>へのハードルがあがるし、もっとラフでいいんだけどなと思いつつ、いまは言葉で指示書を書いているからか「余白」が少ないな、と思ったりもする。それなのに、ついつい多弁に書き込みが多くなっているな。
そして、私が自作自演で考え、実践してきたパフォーマンスたちで大切にしていた、鮮度あるモチベーション/動機の捉え方という軸が、多分まだ反映できていない。会話劇だったら演者間で動機は毎回その場で練られ、鮮度ある状態が毎回生み出されると思っているけど(もちろん、スゴイ人の場合ね)、ソロでの<上演>は自分のなかにある、その場への動機と作品のなかにある動機を擦り合わせることが鍵になると思っている。
こういうことをきちんと掘り下げ、他者に渡すことが可能な形に落とし込めれば、それだけで十分ヤバいブツだと思うのだけれど、《kq》で既に実現できている部分と重なるからな〜、《kq》の続編みたいにはしたくないんだよね。
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うんうん悩みつつ、11月もまたリハーサルへのモニター参加を別のアーティストにお願いしています。
それで結局、どういう形でのお披露目を考えているのかというと、来年春〜夏頃にワークインプログレス(制作中であることを公表した公演)として公開したいと思っている。その時は、「指示書」が一部の演者経験者以外にも開かれたものになっていることを、ここにブチ上げとくぜ。びゅー。