2018年8月26日日曜日

他者性と調和について

scscsが「舞台作品」を作りはじめたとき、民族音楽というキーワードを用いたが、それは日用品を楽器として用いるからではなく、都市の中で耳を惹く音を如何に模倣するかという試行だった。

民族音楽という言葉をなぜ借用したか、其の時分は明確に述べていなかったので、ここで簡単に述べる。

民族音楽という言葉には、共同体が前提として想定されているが、幼い頃から共同体の成員としての意識を持ちにくかった(但し、それが自分に特有のものだったかどうかは濁しておく)自分は、他者の「わからなさ」について常に直面し悩まされてきていたように想う。

バンドメンバーもカンパニーメンバーも共作者も、「わからなさ」を前提にいかに共同体を創造するかを試行錯誤してきた。その時、アウトプットを音楽と仮定するなら、「自分たち」の民族音楽を発明したいという言葉が最も違和感が少なかった。

しかし、他者のわからなさは、延いては自分のわからなさであり、自分を他者として扱えるかどうかの格闘である。そのことに気づいて、ソロ活動に注力した。

「わからなさ」の毒を中和して、ただ在ることを肯定する。"a440pjt"はそういう試みだった。物と自分と時空と聴衆。全てが調和していることは、全てを存在においてのみ肯定することから始まる。そのような低体温の共同体。

それを目指すようになって、もはや民族音楽という語は不要になった。

そこから翻って、再度、他者性;「わからなさ」というものに着目している。

昨年から障害福祉の仕事をはじめたことも影響している。また、ダンサー・振付家の山下との恊働プロジェクトが開始されたこともある。もちろん、自身がわからないということも引き受け続けている。

しかし「わからなさ」はなんと原初的な引力を持ちうるか、ということに気づいたことが最も大きい。「わからない/不明瞭な/認知し切れない」ものに感覚を惹き付けられて止まないのは生理的反応に過ぎないが、生理的反応こそ「美しい」の要件ではないのか。

そして、その他者性こそが調和の奇跡を産み出す基点であり、関節であり、終わりなき線の行く末であるように思う。

つまり、僕は永久にわからない。わからないという真空状態、その事実においてのみ、僕は全てを肯定できる。その可能性が、僕にエネルギーを与えてくれるのだ。

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