2022年10月25日火曜日

自分はいつも窮屈だ

今日はとても寒いから熱いインスタントコーヒーを飲んでいる。猫舌だからすごく熱いのは飲めないのですが。

TLに上がってきたNowhere Manがどんな曲か思い出せず、Macに全然ビートルズが入っておらず、聴き返したら良いなって思って10枚くらいアルバムを取り込んでいる間、先日キープしてた中村佑子さんのWeb連載『私はなぜ書けないか』を読む。個人的な心の傷について「黙る自由」についての随筆。安易に共感できないくらいセンシティブな事柄が書かれていて、ビートルズの陽気な陰気さも相まって、心を動かされて久々にブログを書いている。

今年の8月末日に初めての譜面公開、初めての自費出版というのをやって、Web通販はこっちですよ。譜面といっても五線譜じゃなくて文字楽譜ですのでどなたでも取り組めますよ。まだまだ販路拡大、営業の真っ最中なのですが、新たなスタートを切ったという感じがあって、なかなかにバタバタしてるなか、時々寝込んだりもするなか、パートナーと子どもに助けられながら目まぐるしく過ごしています。

心に刺さったままの窓ガラス大のガラス片が、いまだにザクザクと痛む日もある。

私が精神科・心療内科に通うようになってから10年経つ。抗うつ剤や抗不安剤に支えられて生き延びた10年だけど、そのうちの5年はほぼ引きこもり苦痛に耐えながら過ごした。カウンセラーもとても信頼できる人で9年間のカウンセリングの中で得たものはたくさんあった。

でも私の傷は癒えない。最近、やむをえない事情で飲み慣れない薬に変えたら、心がグラグラして10年前の感覚がまざまざ蘇ってくる。パワーハラスメント。狭い集団の中での権力者の暴言、横暴、「お前はつかえない」etc

最近、舞台芸術とはなんだろうかとよく考える。舞台芸術を観に来る僅かなお客さんに何が渡せるのか。誰かの潜在的な欲望や期待を具現化するだけならば、それはもうインフルエンサーの方が上手な仕事だよ。

個人的なことを突き詰めた果ての果てに「何か」にたどり着けるかどうか。自分はそういうパフォーマンスしかできないけど、同時に常に接続できるチャンスを探してもきた。「社会」や「公共」ではなく、他者への接続可能性。どこかで「自分を救う」ことが私の活動の根底にあって、「救い」に他者とのつながりを必要としている。

他者への接続の為に、私は「譜面」という自分から切り離された作品を作りました。自分とは違う道を行く人にも触れてもらいたかったのです。自分を超えた可能性を、譜面に仮託したかったのです。